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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)86号 判決 1998年7月16日

アメリカ合衆国

91367 カリフォルニア州ウッドランド ヒルス コリンズ ストリート 22963

原告

エリート リミテッド

代表者

ジェームズ ダビッドソン

訴訟代理人弁護士

西林経博

同弁理士

石戸元

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

柳田利夫

井上雅夫

鈴木伸夫

廣田米男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成7年審判第20504号事件について平成8年12月27日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2の項と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1985年12月16日にアメリカ合衆国においてされた出願に基づく優先権を主張して、名称を「緊急車運行制御システム」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和61年8月5日特許出願(昭和61年特許願第184977号)をしたところ、平成7年5月25日付で拒絶査定を受けたので、同年9月21日に審判を請求し、平成7年審判第20504号事件として審理された結果、平成8年12月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、平成9年1月29日、その謄本の送達を受けた。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲1の項の記載)

伝達手段と、緊急車上に前進伝達装置と後進伝達装置とを有する伝達装置を据え着ける手段と、前記緊急車の通路における交通交差点に据え着けた複数個の方向の感受装置と、前記複数個の方向の感受装置からの出力信号を受けて処理する信号処理装置と、前記信号処理装置を交差卓の交通コントロールシステムに結合する結合装置とよりなり、前記伝達装置と複数個の感受装置は赤外線波長範囲で送受信し、この赤外線エネルギーの波長範囲は略0.8より1.0μmで感受装置は0.8より1.0μmの波長で動作し、前記信号処理装置は前記交差点を通る凡ての交通の流れを制御して交差点を予め空にするよう前記交通コントロールシステムを先に制御し、前記交差点に表示装置を据え着け、前記表示装置は前記緊急車の交差点への接近或いは交差点からの離間に応じて指示するように構成配置され、接続装置は前記信号処理装置を表示装置に接続して複数個の方向感受装置から信号を受けたとき前記表示を作動して接近する緊急車の情報を表示するようにした緊急車運行制御システム(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例

これに対して、原査定の拒絶理由で引用された昭和55年特許出願公開第118200号公報(以下「引用例1」という。別紙図面2参照)には、送信アンテナ4と、緊急車輌1の上方に進行方向に向けて送信アンテナ4を取り付ける手段と、交叉点Cの四隅に設置された信号機8の支柱9の上端に、それぞれ道路R1又はR2の方向に向けて取り付けられた受信アンテナ10と、前記道路R1又はR2の方向に向けて取り付けられた受信アンテナ10からの出力信号を受けて処理する信号処理器13と、前記信号処理器13を信号灯14に結合する制御箱11とよりなり、前記送信アンテナ4と受信アンテナ10はマイクロ波又はミリ波により送受信し、前記信号処理器13の作動中はすべての信号灯14が「赤」に点灯するように制御した緊急車輌の交叉点通過予告警報の方法及び装置が記載されている。

また、同じく引用された昭和60年特許出願公開第144900号公報(以下「引用例2」という。別紙図面3参照)には、発信装置(1)と、緊急自動車(4)の屋根の上などに前記発信装置(1)を設置する手段と、前記緊急自動車(4)が進入しようとする交差点等に設置された受信装置(2)とよりなり、前記発信装置(1)と前記受信装置(2)は電波、音波又は光波などにより送受信し、交差点等に前記表示装置(3)を設置し、前記表示装置(3)は前記緊急自動車(4)が進行してくる方向を報知するように構成配置した緊急自動車通行予告報知の方法が記載されている。

(3)  対比

そこで、本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、引用例1記載の発明における「送信アンテナ4」、「緊急車輌1」、「交叉点C」、「受信アンテナ10」、「信号処理器13」、「信号灯14」、9「制御箱11」は、本願発明における「伝達手段」、「緊急車」、「交差点」、「感受装置」、「信号処理装置」、「交差点の交通コントロールシステム」、「結合装置」にそれぞれ相当する。

また、引用例1記載の発明における送信アンテナ4は進行方向に向けて取り付けられ前進伝達装置として機能しており、受信アンテナ10は交叉点において道路R1又はR2の方向、すなわち、複数個の方向に設けられている。

さらに、引用例1記載の発明においてすべての信号灯14が「赤」に点灯するように制御するということは、本願発明における「交差点を通る凡ての交通の流れを制御して交差点を予め空にする」ように制御することに相当している。

したがって、両者は、「伝達手段と、緊急車上に前進伝達装置を据え着ける手段と、前記緊急車の通路における交通交差点に据え着けた複数個の方向の感受装置と、前記複数個の方向の感受装置からの出力信号を受けて処理する信号処理装置と、前記信号処理装置を交差点の交通コントロールシステムに結合する結合装置とよりなり、前記信号処理装置は前記交差点を通る凡ての交通の流れを制御して交差点を予め空にするよう前記交通コントロールシステムを先に制御するようにした緊急車運行制御システム。」である点で一致しており、次の点で相違している。

ア 相違点1

伝達装置について、本願発明が前進伝達装置と後進伝達装置とを有するのに対して、引用例1記載の発明は前進伝達装置のみを有している点。

イ 相違点2

送受信手段について、本願発明が赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用いているのに対し、引用例1記載の発明はマイクロ波又はミリ波を用いている点。

ウ 相違点3

表示装置について、本願発明が交差点に表示装置を据え着け、前記表示装置は前記緊急車の交差点への接近或いは交差点からの離間に応じて指示するように構成配置され、接続装置は前記信号処理装置を表示装置に接続して複数個の方向感受装置から信号を受けたとき前記表示を作動して接近する緊急車の情報を表示するようにしたのに対し、引用例1記載の発明は表示装置に関する構成がない点。

(4)  判断

そこで、上記各相違点について検討する。

相違点1について、緊急車が交差点から離間することを伝達する後進伝達装置の構成は、従来周知の事項(例えば、昭和55年特許出願公開第10664号公報(以下「周知例1」という。)、昭和60年特許出願公開第229200号公報(以下「周知例2」という。)である。引用例1記載の発明に従来周知の後進伝達装置を設けることは、当業者ならば必要に応じて適宜し得るものであり、格別の顕著性はないものと認められる。

相違点2について、赤外線波を用いた送受信手段の構成は、従来周知の事項(例えば、昭和57年特許出願公開第207450号公報(以下「周知例3」という。)、昭和58年特許出願公開第175331号公報(以下「周知例4」という。)、昭和59年実用新案登録願第2254号(昭和60年実用新案登録出願公開第114453号)のマイクロフィルム(以下「周知例5」という。)参照)である。また、上記周知例のうち昭和57年特許出願公開第207450号公報には赤外発光ダイオードが約940nmの近赤外光を放射することが記載されており、更に、GaAs赤外発光ダイオードは発光波長のピークが940nmである赤外線発光ダイオードで、赤外線の波長範囲が略0.8より1.0μmなる赤外線発光ダイオードは一般に知られている(例えば、「実用電子回路ハンドブック(2)」CQ出版株式会社昭和60年3月31日発行第440頁(以下「周知例6」という。)参照)。よって、赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用い送受信を行うことは従来周知といえ、本願発明の赤外線伝達に適用した点に格別の顕著性はないものと認められる。

相違点3について、引用例2には交差点に表示装置(3)を設置し、前記表示装置(3)は前記緊急自動車(4)が進行してくる方向を報知するように構成配置した緊急自動車通行予告報知の方法が記載されている。引用例1記載の発明において、緊急車の進行方向を明示するために引用例2記載の発明を採用し、交差点に表示装置を据え着け、前記表示装置は前記緊急車の交差点への接近に応じて指示するように構成配置することは、必要に応じて容易にし得るものと認められる。また、交差点からの離間に応じて表示を行うことも、同様に、必要に応じて容易にし得るものと認められる。更に、引用例1記載の発明において表示装置を採用した場合、信号処理器を表示装置に接続して複数個の方向受信アンテナからの信号を受けたとき表示を作動して接近する緊急車の情報を表示するように接続装置を設けることは、当然に必要な構成として容易に想定し得るものである。

よって、引用例1記載の発明において、従来周知の後進伝達装置及び赤外線波送受信手段を設け、また、引用例2記載の発明のような表示装置を設け、必要な接続を行うことにより、本願発明のように構成する程度のことは、当業者ならば容易にし得たことと認められる。

(5)  むすび

したがって、本願発明は、引用例1、2記載の発明及び従来周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認め、(4)、(5)は争う。

審決は、相違点1ないし3の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点1の判断の誤り)

ア 相違点1について、審決は、「緊急車が交差点から離間することを伝達する後進伝達装置の構成は、従来周知の事項」であるとして、「引用例1記載の発明に従来周知の後進伝達装置を設けることは、当業者ならば必要に応じて適宜し得る」と認定判断した。

イ しかし、本願発明の「後進伝達装置」の「伝達」の意味は、後続の交差点に入る車に緊急車の交差点からの後進(離間)を知らせるということである。この伝達とは、単に信号の伝達、制御のみでなく、更に表示して、後続の交差点に入る車に緊急車の後進(離間)を知らせるものでなければならない。このように解釈すべきことは、特許請求の範囲1の項の「表示装置は前記緊急車の交差点への接近或いは交差点からの離間に応じて指示するように構成配置され(る)」の記載より明らかである。

また、上記特許請求の範囲の記載の意味は、本願書添付の図再第2図の4つの離間していく緊急車の図形より明らかである。

ウ これに対して、周知例1は、後方にリセット波を送るだけで、本願発明のように緊急車の交差点からの離間に応じて指示するものではない。また、周知例2は、緊急車が通過し終わると信号電波Wが到達しないことで通常の作動に戻るもので、特に緊急車が後進を伝達するものではない。

エ したがって、相違点1についての審決の認定判断は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点2の判断の誤り)

相違点2について、審決は、周知例3ないし6を例示して、「赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用い送受信を行うことは従来周知といえ、本願発明の赤外線伝達に適用した点に格別の顕著性はない」と判断した。しかし、周知例3はコードレスマイクロホンに関するもの、周知例4はテレビジョンリモートコントローラのレシーバーに用いる受光回路に関するもので、いずれも緊急車の運行とは関係がない。周知例5は、車両信号ではあるが、赤外線を使用することを示すのみで、0.8~1.0μmの赤外線に関しては記載がない。また、周知例6は、赤外線フォトダイオードの特殊曲線を示しているが、これは、上記0.8~1.0μmの波長の赤外線が存在することを示すのみで、それを緊急車の運行に使うことは全く示されていない。したがって、相違点2に係る赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用い送受信を行うことは従来周知とはいえ、本願発明が緊急車の通信に上記波長の赤外線伝達を適用した点は、新規であって発明性がある。

以上のとおり、相違点2についての審決の認定判断は誤りである。

(3)  取消事由3(相違京3の判断の誤り)

ア 相違点3について、審決は、「引用例1記の発明において、緊急車の進行方向を明示するために引用例2記載の発明を採用し、交差点に表示装置をを据え着け、前記表示装置は前記緊急車の交差点への接近に応じて指示するように構成配置することは、必要に応じて容易にし得る」と認定した。しかし、引用例1、2には、いずれも具体的な制御手段の記載が全くないから、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の表示装置(3)を採用することはできない。

イ また、審決は、「引用例1記載の発明において表示装置を採用した場合、」「接続装置を設けることは、当然に必要な構成として容易に想定し得る」と認定した。しかし、引用例1、2には、いずれも「信号処理器を表示装置に接続して複数個の方向受信アンテナからの信号を受けたとき表示を作動して接近する緊急車の情報を表示するようにする接続装置」の記載がないので、このような接続装置を容易に想定することはできない。

ウ したがって、相違点3についての審決の認定判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア 原告は、本願発明の「後進伝達装置」の「伝達」の意味は、後続の交差点に入る車に緊急車の交差点からの後進(離間)を知らせるということであると主張する。

しかし、本願特許請求の範囲1の項の記載によれば、本願発明の各構成の関係は、緊急車の前進伝達装置と後進伝達装置の赤外線送信信号が複数個の方向感受装置に受信され、受信信号は信号処理装置で処理され、処理装置は結合装置を介して交通コントロールシステムに結合及び接続装置を介して表示装置に接続されている。そうすると、「伝達」の意味は、緊急車の「後進(方向信号)」、「前進(方向信号)」を複数個の方向感受装置に赤外線伝送することであるから、原告の主張は、伝達の意味を取り違えた解釈であって、失当である。また、伝達とは、単に信号の伝達、制御のみでなく、更に(表示装置が)表示して、後続の交差点に入る車に緊急車の後進(離間)を知らせるものでなければならない旨の原告の主張は、本願発明の構成に基づく主張ではなく、失当である。

イ 周知例1には、「交通信号機を復帰させるため、後方にもアンテナ20が取り付けられ、」(4頁左上欄13行ないし14行)、「緊急自動車は、前方にキー波を、後方にリセット波を一定間隔で送信しながら走行する、」(4頁左上欄19行ないし末行)として、周知例2には、「交差点通過後の緊急車輌から後方に向けて終了電波を発信することで復帰するようにしてもよい。」(3頁左上欄8行ないし10行)として、緊急車が交差点から離間することを伝達する後進伝達装置が記載されているものである。

(2)  取消事由2について

原告が、「赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用い送受信を行うことは従来周知とはいえ、」と自から認めているように、赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用いて送受信を行う構成は周知である。

してみると、車両用の送受信手段に赤外線波を用いることも適宜実施されている(周知例5その他)以上、引用例1記載の発明の送受信手段に前記周知のものである赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用い送受信を行う構成を適用することは、格別のものとは認められない。

(3)  取消事由3について

ア 原告は、引用例1、2には、具体的な制御手段の記載が全くないから、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の表示装置3を採用することはできないと主張する。しかし、引用例1記載の発明は、緊急車の交叉点通過予告警報の方法及び装置に関するものであり、引用例2記載の発明は、緊急車通行予告報知の方法に関するものであって、両者とも本願発明と同一の技術分野のものであるから、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の表示装置(3)を採用することは必要に応じて適宜し得る。なお、原告のいう前記「具体的な制御手段」は、本願発明のいずれのものに相当するのか不明である。

イ また、原告は、引用例1、2には、いずれも「信号処理器を表示装置に接続して複数個の方向受信アンテナからの信号を受けたとき表示を作動して接近する緊急車の情報を表示するようにする接続装置」の記載がないので、このような接続装置を容易に想定することはできないと主張する。しかし、引用例1には、「一方交叉点Cの四隅に設置された公知の各信号機8の支柱9の上端には前記送信アンテナ4から放射されるマイクロ波又はミリ波の信号電波Wを捕捉する受信アンテナ10をそれぞれ通路R1又はR2の方向に向けて取付け、各支柱9の基部に設けた制御箱11に内装した公知の受信器12および信号処理器13とを前記受信アンテナ10に順次警報を発信して受信させ、信号処理器13と、信号機8の信号灯14にそれぞれ通路R1およびR2の方向に向けて取付けた警報サイレン15および点滅警灯16とを接続し、交叉点Cの四隅にある各信号機8の制御箱11は相互に接続されており、受信アンテナ10の何れか1個所が信号電波Wを捕捉しても、他の3個所の制御箱11が作動するようにしてある。制御箱11は必ずしも各信号機8に設けなくても、1個所の交叉点に1個の制御箱11にまとめてもよく、又警報サイレン15および点滅警灯16は必ずしも双方を設置しなくてもよい。」(2頁右上欄13行ないし左下欄14行)との記載があり、信号処理器13を点滅警灯16に接続して、複数個の方向の受信アンテナ10からの信号を受けたとき表示を作動して接近する緊急車に対応する情報を表示することが開示されているといえる。したがって、原告の主張は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  成立に争いのない甲第10号証の1(本願公開公報)、2(平成7年9月21日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、次のとおりと認められる。

1  本願発明は、交差点の交通用の緊急車運行制御システム、更に詳細には、緊急車の接近する方向を遠隔操作で表示し、かつ同時に交差点における交通信号を先んじて制御する緊急車運行制御システムに関する。(本願公開公報2頁右下欄7行ないし11行)

緊急車の交差点への接近を知らせることができれば、緊急車は、交差点を安全かつ事故、傷害の危険なく可能な限り高速度で通過することができる。(同3頁左上欄16行ないし19行)

本願発明の目的は、緊急車が道路及びハイウェイの交差点を計画的な速度で比較的安全に運行できる装置を提供することである。本願発明の他の目的は、交差点における交通信号の制御を自動遠隔先行制御できるシステムを提供することである。本願発明の付加的な目的は、緊急車の操作者は交通信号システムと遠隔通信でき、緊急車の接近方向と確認供与して交差点におけるその交通方向を指示し、それより車の接近及び方向、また、交差点からの離間を指示できるシステムを提供するものである。更に、本願発明の付加的な目的は、交差点における交通信号を所望の堅急信号状に変えるように先んじて制御し、交差点における車、歩行者に切迫した緊急車の接近・離脱を先に警報するシステムを提供することである。更に、本願発明の目的は、交差点を通るすべての交通の正常な流れを停止させるよう交通信号を先に自動制御して、緊急車は交差点を安全で速やかに通過できる装置を提供することである。更に、本願発明の他の目的は、現在の既にある交差点で最小の電気接続で据え着けることができ、また、それは現存する交通制御システムに組み合わせて交通信号の光遠隔制御操作できる非常に信頼でき、かつ、比較的安価な装置を提供することである。(同3頁右上欄末行ないし右下欄5行)

2  本願発明は、特許請求の範囲1の項(本願発明の要旨)記載の構成を備える。(上記手続補正書2頁2行ないし20行)

3  本願発明の新規かつユニークな表示を有する緊急車警報システムによって交差点に接近する緊急車の位置と運行方向を指示することができる。更に、この緊急車警報システムは交差点領域のすべての交通信号を初期の空に制御し、交通を停止する。これは緊急車が交差点を安全かつ迅速に通過できることを可能ならしめる。これは警察の車が容疑者を追跡するのに特に有用である。容疑者は脱出を企てるため、交差点においてはその横断方向の交通には無関心であるのが常である。しかしながら、警察車は若干の注意を払わねばならず、交差点では速度を低下させねばならず、追跡をあきらめねばならなかった。しかし、本願発明の装置によれば、すべての交通信号を赤状態にして安全に増速できるので、追跡すべき前の車の追跡を遂行することができる。(本願公開公報10頁右上欄14行ないし左下欄8行)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  取消事由1について

(1)  前記争いのない特許請求の範囲1の項の記載によれば、本願発明は「緊急車上に前進伝達装置と後進伝達装置とを有する伝達装置を据え着ける手段」を備え、「前記伝達装置と複数個の感受装置は赤外線波長範囲で送受信し」、「感受装置から信号を受けたとき」作動する「表示装置は前記緊急車の交差点への接近或いは交差点からの離間に応じて指示するように構成配置され」ることが認められるから、本願発明の「後進伝達装置」は、緊急車の交差点からの離間を示す信号を伝達する装置と認められる。

もっとも、原告は、「後進伝達装置」の「伝達」の意味は後続の交差点に入る車に緊急車の交差点からの後進(離間)を知らせるということであり、この伝達とは、単に信号の伝達、制御のみでなく、更に表示して、後続の交差点に入る車に緊急車の後進(離間)を知らせるものでなければならない旨主張する。しかし、本願発明の「後進伝達装置」は、緊急車の交差点からの離間を示す信号を伝達する装置と認められることは前認定のとおりであって、それ以上に表示装置における表示内容ないし表示方法まで指示しなければならないものと解することはできない。のみならず、本願発明の表示装置が、「緊急車の・・・交差点からの離間に応じて指示する」ものであることは、前記(1)の認定のとおりであって、これが緊急車が後進(離間)していることまで表示しなければならない趣旨とも解されない。この点に関して、原告は、本願書添付の図面第2図の4つの離間していく緊急車の図形をその主張の根拠とするけれども、前掲甲第10号証の1によれば、上記第2図は本願発明の一実施例にすぎないことが認められ、本願発明がこれに限定されると解することはできないから、原告の主張は採用することができない。

(2)  一方、成立に争いのない甲第4号証(周知例1)によれば、周知例1には、「緊急自動車に交差点への接近の有無を監視させ、一定距離接近したときに、緊急自動車からの接近信号に応じて信号表示を変えるようにした。」(2頁左上欄14行ないし16行)、「本実施例に係る交通信号機は、緊急自動車の接近により信号灯を赤とされ、ビズィ波を送信するが、緊急自動車の通過の後はすみやかに元の一般の交通信号に戻らなければならない。」(3頁右下欄末行ないし4頁左上欄3行)、「交通信号機を復帰させるため、後方にもアンテナ20が取り付けられ、」(4頁左上欄13行ないし14行)、「後方送信機23にはリセット波作成変調信号源24が接続され、ここから送り出されるリセット波が後方に向けて送信されている。すなわち、緊急自動車は、前方にキー波を、後方にリセット波を一定間隔で送信しながら走行する、」(4頁左上欄16行ないし20行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、周知例1記載の発明の後方送信機23は、緊急車が交差点から離間した後、後方(交差点)に向けてリセット波を送信するものであるから、交差点からの離間を示す信号を伝達する装置に相当することが認められる。

また、成立に争いのない甲第5号証(周知例2)によれば、周知例2には、「緊急車輌を優先的に通過させるための緊急車優先通過信号装置」(1頁左下欄19行ないし20行)、「信号機31に回転灯32とスピーカ33とを装着して、信号機の信号の制御と同時に回転灯32を「赤色点燈」して一般車両の運転者に視認させ、さらにスピーカ33によって、・・・拡声することで運転者や歩行者に告知する報知手段を具備している。」(2頁左上欄4行ないし10行)、「以上のシステムの動作時間は、例えば受信後30秒間に設定して自動的に復帰するようにしてもよく、あるいは交差点通過後の緊急車輛から後方に向けて終了電波を発信することで復帰するようにしてもよい。」(3頁左上欄6行ないし10行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、周知例2記載の発明の終了電波は、交差点通過後の緊急車から後方に向けて発信されるから、終了電波を発信する装置は、交差点からの離間を示す信号を伝達する装置に相当することが認められる。

以上の事実によれば、緊急車が交差点から離間することを伝達する後進伝達装置の構成は、周知の事項であることが認められる。

(3)  そうすると、引用例1記載の発明に後進伝達装置を設けることは、当業者ならば必要に応じて適宜し得えたことと認められるから、相違点1についての審決の認定判断に誤りはない。

2  取消事由2について

成立に争いのない甲第6(周知例3)、第7(周知例4)、第8(周知例5)、第9号証(周知例6)及び弁論の全趣旨によれば、赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用い送受信を行うことは、従来周知の事項であることが認められる。そうすると、緊急車の運行伝達装置にこれを適用することを妨げる特段の事情も窺えない以上、これを引用例1記載の発明の運行伝達に適用することは、当業者にとって容易に想到し得たことと認められる。したがって、相違点2についての審決の認定判断に誤りはない。

3  取消事由3について

(1)  成立に争いのない甲第2(引用例1)、第3号証(引用例2)によれば、引用例1、2記載の発明は、いずれも本願発明と同じ技術分野に属する発明であることが認められる。そして、引用例2には、発信装置(1)と、緊急自動車(4)の屋根の上などに前記発信装置(1)を設置する手段と、前記緊急自動車(4)が進入しようとする交差点等に設置された受信装置(2)とよりなり、前記発信装置(1)と前記受信装置(2)は、電波、音波又は光波などにより送受信し、交差点等に表示装置(3)を設置し、前記表示装置(3)は前記緊急自動車(4)が進行してくる方向を報知するように構成配置した緊急自動車通行予告報知の方法が記載されていることは、当事者間に争いがなく、また、前掲甲第2号証によれば、引用例1には、「緊急車輌1に内装した信号電波発信装置5の発信器7は緊急走行中は作動させて走行しているので、発生した信号電波Wは送信機6を通って送信アンテナ4から前方(矢印A方向)に向って発信され、交叉点Cから約100乃至300米(必要に応じて長短調整自在とする)手前の距離に緊急車輌1が接近すると、信号機8の支柱9上に設けた受信アンテナ10がこの信号電波Wを捕捉し、制御箱11に内装された受信機12が作動して連接した信号処理器13が電力に変換し、この電力によって相互に連結した四隅の信号機8のすべてに取付けた警報サイレン15が一斉に吹鳴しはじめると同時に点滅警灯16が点滅しはじめる。」(3頁左上欄6行ないし右上欄2行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例1記載の発明においても、点滅警灯の点滅によって緊急車の接近通行を表示していることが認められる。したがって、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の「緊急自動車(4)が進行してくる方向を報知するように構成配置した」表示装置を採用することは、当業者が容易に想到し得たことと認められる。

また、前記1の認定のとおり、後進伝達装置を設けることは、当業者ならば必要に応じて適宜し得えたことである以上、表示装置を交差点からの離間に応じて指示するように構成配置することも、当業者にとって当然に想到し得たものというべきである。

(2)  もっとも、原告は、引用例1、2には、具体的な制御手段の記載が全くないから、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の表示装置3を採用することはできないと主張するけれども、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の「緊急自動車(4)が進行してくる方向を報知するように構成配置した」表示装置を採用することが、当業者が容易に想到し得たことは前記(1)の認定のとおりであって、原告の主張は採用することができない。

また、原告は、引用例1、2には、いずれも「信号処理装置を表示装置に接続して複数個の方向感受アンテナからの信号を受けたとき表示を作動して接近する緊急車の情報を表示するようにする接続装置」の記載がないから、このような接続装置を容易に想定することはできないと主張する。しかし、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の表示装置を組合わせれば、「信号処理装置を表示装置に接続して複数個の方向感受装置からの信号を受けたとき表示を作動して接近する緊急車の情報を表示する」ものとなり、接続に接続装置を用いることは当然であるから、「信号処理装置を表示装置に接続して複数個の方向感受アンテナからの信号を受けたとき表示を作動して接近する緊急車の情報を表示する接続装置」との構成は、当業者が容易に想到し得たものと認められる。原告の主張は採用することができない。

(3)  したがって、相違点3についての審決の認定判断に誤りはない。

4  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1、2記載の発明及び従来周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。

第4  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年7月7日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

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別紙図面3

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